論文タイトル
A computationally guided approach to improve expression of VHH binders
出典
要旨
VHHの発現量を改善する可変領域の改変を探索する方法を紹介した論文です。
解説など
本論文は、基盤技術開発ではなく抗体エンジニアリングの応用事例紹介に寄った文献です。筆者らは自身で取得した VHH バインダーの発現量を上げるために可変領域の改変探索を試みています。
背景として OHSU という米国のがん研究所で K-Ras に対する VHH を取得するアクティビティがあり、その現場で顕在化した課題を解決した実例紹介の論文になります。小規模なプロティンエンジニアリングチームによる実践的な課題解決の方法を学ぶことができます。
発現量改善のために彼らが着目したのは、Spatial Aggregation Propensity (SAP) スコアです。同定されたバインダークローンは皆、そのタンパク質表面に疎水性パッチを有しているため、疎水性パッチを除去して SAP スコアを下げることで発現量は上がると仮説を立てて、バリアントの作成を試みました。
SAPスコアは Rosetta のようなユーザーフレンドリーなツールから計算するのではなく、原著論文に則って古典的なアプローチから算出しています。具体的には、MOE と I-TASSER を利用して抗体配列からその3次元構造をモデリングし、GROMACS-2018 を用いて MD シミュレーションを実施することで SAP スコアを求めています。
筆者らは有望な改変の探索方法として、SAP スコアを指標にホットスポットの疎水性残基を親水性・極性残基に置換する計算化学的なアプローチと、ランダム変異ライブラリーからのファージディスプレイで改変を同定するアプローチの2通りを試しています。結果としては、どちらのアプローチを用いてもSAP スコアが低く、なおかつ発現量の高いクローンを同定できたという結果でした。しかしランダム変異ライブラリーからのクローンの方が、抗原結合活性を失わない改変を同定できたとのことで優位なアプローチであったと結論付けています。
インシリコ・ウェットアプローチともに改変導入やライブラリー作成の具体的な手法が不明であったため、改変探索の方法を本論文から参考にするのは難しいと思います。SAP スコアが発現量に寄与することを示した論文は過去に多く存在しますが、VHH で証明したのは初めてとのことです。疎水性や静電相互作用特性は、配列情報のみからパッチの存在確認と改変提案が容易であるという意味において、従来のエンジニアリングアプローチにおいて特に重要視された指標です。筆者らが示した結果から、SAP スコアと発現量の関係性は極めて高く、発現量改善における疎水性低減の価値がほかのファクターに比べて相対的に高いことを、この論文は示唆しています。