この記事は、前回の記事の続きになります。
ここからは、抗体の物理学的性質を予測するための計算科学的な手法についての紹介となります。
予測モデルには、統計的に予測する手法と、物理学的な指標をもとに予測する手法が存在します。また、これまで開発された手法には、一般的なタンパク質に普遍的に適用できる手法と、抗体への適用事例が存在するものが存在します。
本レビューでは、この両者が混同して紹介されているため、その内容を精査することが重要です。このレビュー論文では、純粋に各物理学的な性質を予測する手法と、天然のタンパク質からそれらの性質を改善するデザイン手法の2つに分けて順番に紹介されています。この記事では、抗体に適用されたデザイン手法を中心に紹介していきます。
物理学的性質を改善するためのデザイン手法としては、以下の6つに分類が挙げられています。
- ΔΔG予測
- スーパーチャージング
- SAP
- CamSol
- Solubis
- ブラウン動力学法シミュレーション
これら6つの予測手法について順番に紹介していきます。
ΔΔG予測
ΔΔG予測は、タンパク質の立体配座安定性を予測することを目的としています。ΔΔGは、改変体と野生型のΔGの差(ΔG(Mut)-ΔG(WT))として表されます。
Wangらは、抗VEGF抗体に対してΔΔGを予測を試みています。彼らはまずRosettaAntibodyを用いて抗体の構造モデルを予測し、抗原との複合体ドッキングモデルをZDOCK/SnugDockを用いて構築しました。このモデルに対して、FoldXプログラムと仮想変異体に対して変異導入スキャニングを実施し、優れた改変体のデザインを実施しています。
ΔΔG予測にはほかにも複数の事例が存在しますが、いずれもRosettaを用いてΔΔGを計算しているのが印象的でした。
スーパーチャージング
スーパーチャージングは、タンパク質の表面残基に帯電アミノ酸を導入することで、タンパク質の耐熱性を向上する手法です。Mikosらは、突然変異を導入する残基をRosettaで予測したのちに、スーパーチャージングを適用することで、高い安定性の抗体を予測することに成功しました。
SAP
Troutらは、空間凝集傾向(SAP)と呼ばれるコロイド安定性評価指標を提案しています。これは結晶構造に由来する疎水性残基の暴露を定量化したインデックスです。Clarkらは、このSAPスコアに基づいて突然変異を導入する手法を開発しています。
CamSol
CamSolは、凝集傾向のある領域(ARP)を、タンパク質の溶解性に基づいて予測する手法です。Vendruscoloらや、Shanらが、CamSolスコアをもとに抗体のコロイド安定性や溶解度の予測手法を検証しています。
Solubis
APRを予測する大半の手法は、タンパク質の構造安定性を考慮していないケースが多いです。タンパク質内部における疎水性残基のクラスタは、タンパク質のフォールディングに寄与する可能性があるため、タンパク表面の疎水性パッチによる凝集性とは区別して評価する必要があります。Van Durmeらは、この機序の違いを区別するために、TANGOとFoldXを組み合わせたSolubisと呼ばれる手法を開発しています。
ブラウン動力学シミュレーション
最後に紹介するのは、ブラウン動力学シミュレーションです。この手法は、これまでの物理化学的特性を改善する手法とはアプローチが異なり、融合タグをタンパク質の末端に付与することで、タンパク質の溶解度を高めることを試みています。Nautiyalらは、ブラウン動力学シミュレーションの原理をもとに、溶解度増強ペプチド(SEP)タグ付与して、溶解度を高めるモノクローナル抗体を設計しています。
最後に
これらの例が示すとおり、抗体の安定性を予測する手法は、野生型と比較して改善傾向を示す点突然変異を予測する手法が大半を占めます。抗体のde novo デザインを志向するにあたっては、異なるアプローチが必要かもしれないと感じました。
もちろんこれらの課題は、標的抗原に結合する抗体が同定できて初めて、課題として認識されるものです。しかし、発現量の改善は、抗体の結合スクリーニングに供する前提条件として必須であり、また発現量は、タンパク質の安定性と高い相関があります。従って抗体のde novoデザインにおいては、タンパク質の立体配座安定性を高める(抗体内部のパッキングを増強する)ことが効果的ではないかと考えています。
次の記事では、抗体の粘性予測について紹介したいと思います。
コメント