抗体は成熟すると硬くなるのか?― 抗原タンパク質には剛直化、糖鎖には柔軟化という新しい法則

論文タイトル

Antibody maturation increases rigidity in protein-contacting regions and flexibility at glycan interfaces

出典

Antibody maturation increases rigidity in protein-contacting regions and flexibility at glycan interfaces
bioRxiv - the preprint server for biology, operated by openRxiv, a nonprofit organization dedicated to advancing scientific communication

要旨

本研究により、抗体成熟によって抗体全体が一様に硬くなるわけではなく、抗原のどの部分を認識するかによって柔軟性の変化が異なることが示されました。抗原タンパク質に接触する領域は剛直化し、糖鎖に接触する領域はむしろ柔軟性を増す傾向があることが報告されています。

解説など

背景

抗体医薬や抗体設計では、「高い結合親和性を持つ抗体をどのように作るか」が重要な課題です。そのため、免疫系の中で自然に起こる抗体成熟(affinity maturation)の仕組みを理解することは、抗体工学にとって大きな意味があります。

これまでの研究では、抗体は成熟するにつれて構造が硬くなり、抗原にぴったり適合するようになるという「剛直化仮説」が広く受け入れられてきました。しかし一方で、成熟後に柔軟性が増加した例も報告されており、統一的な理解は得られていませんでした。

本研究では、HIV、インフルエンザ、GD2などを標的とする7つの抗体系統を対象に、31種類の抗体配列を解析しました。著者らはFAST(Fluctuation Amplification of Specific Traits)法とFolding@homeを組み合わせ、合計8.5ミリ秒を超える大規模な全原子分子動力学シミュレーションを実施しました。さらに、成熟抗体だけでなく中間体抗体も解析することで、成熟過程全体を追跡しています。

方法

FAST とは、「効率よく有望な構造変化を探しに行く探索アルゴリズム」です。マイクロやミリ秒で大規模MDを実施する代わりに、短時間MDを繰り返して実行することで、CDRH3のRMSDが大きい構造を効率的にサンプリングしています。

Folding@homeとは、「世界中のPCを使って超大量のMDシミュレーションを回す計算基盤」です。本研究では、大規模計算基盤を活用することで総計8.5ミリ秒の全原子MDを取得しています。

結果

まず抗体全体の柔軟性を調べたところ、成熟によって一貫して硬くなる傾向は見られませんでした。ある系統では成熟後に剛直化し、別の系統では逆に柔軟化していました。また、中間体抗体は必ずしもナイーブ抗体と成熟抗体の中間的な性質を示さず、成熟過程が単純な一方向変化ではないことも示されました。

そこで著者らは、抗原との接触部位に着目して局所的な柔軟性変化を解析しました。

その結果、抗原上のアミノ酸残基(タンパク質部分)のみと接触する領域では、成熟に伴って柔軟性が低下し、より剛直になる傾向が確認されました。これは結合に有利な構造を事前に形成し、結合時のエントロピー損失を減らす「lock-and-key」的な機構と整合的です。

一方で興味深いことに、抗原糖鎖(glycan)と接触する領域では逆の傾向が観察されました。糖鎖のみと接触する領域の多くは成熟後に柔軟性が増加していました。また、タンパク質と糖鎖の両方に接触する領域でも柔軟化する例が多数見られました。

特にHIV中和抗体EPTC112では、CDRL1ループが成熟に伴ってヘリックス構造を失い、より柔軟な構造へ変化することが示されました。著者らは、この柔軟化によってHIV Env上のN301糖鎖との相互作用を取りやすくなっている可能性を議論しています。糖鎖自体が非常に柔軟な構造ですので、適切な相互作用を維持するためには抗体側も柔軟である必要があることを示唆している結果です。